 |
 |
|
 |
 |
ミンダナオ島は他島と違って、スペインの統治から免れましたが、アメリカ統治時代の移住政策で、マニラやセブなどから人が大量に入ってきました。ティボリ民族を含め、それまで共存していた様々な先住民が、平地から海岸側へ、山奥へと追われていきました。
それでもまだ森があるうちは、森の恵みとともに豊かに暮らしていたのですが、国土の70%あった森が、1960年代から始まった先進国の伐採によって18%にまで減り、先住民は大貧困に陥ってしまいました。
そこへ、NGOやキリスト教の宣教師団が布教と生活支援のために入ってきたのです。レイクセブ町では、文化保護のプロジェクトとして、ティボリ民族にティナラク織を保持するためのトレーニングもありました。外国にも販路があるなど、今日まで伝統を残すことができていますが、他の地域では、ティナラク織などは廃れてしまっています。
1980年代、フィリピン政府は、先住民の土地の権利を守るよう、国連から勧告を受けました。しかし、まだ先住民がもともと住んでいた「先祖伝来の土地」すべてが戻ってきてはいないので、これからも運動を続けていく必要があると思っています。
ミンダナオ島の51%はアメリカなどの多国籍大企業の土地になっていて、バナナやパイナップル、アスパラガスなどの大プランテーションです。そこで働く労働者は、最低賃金の半分にも満たない収入で、炎天下の中働かされています。だから私たちが安い輸入品を食べることが出来るということを知る必要があるし、そのような企業の製品はボイコットしていきたいと思う。
ティナラク織は、沖縄の芭蕉布と同じ糸芭蕉(アバカ)の繊維をつないで織り上げます。赤、黒、生成りの3色が伝統織で、始めに黒を染めます。黒は、キナルムという木の葉を枝ごと煮込んで、約2週間で染め上げます。赤は、ティボリ語でロコという木の根をすり潰したものを使い、鍋で半日ほど煮ます。生成りは繊維そのものの色です。
土産物として人工色を使ったものも売られていますが、ティボリの織手さんは、「それをティナラクと呼んじゃいけない。本物のティナラクは自然素材だけ」と言います。
現地でティナラクの織手さんを「ドリームウィバース(夢を織る人々)」と呼んでいます。技術は母から娘へと代々受け継がれてきました。技術を習得し熟練者になると、
「夢のお告げを織り込んでいる」
と、織り手さんは話してくれます。100種類以上もの模様があり、各デザインに名前が付いていますが、同じ名前の模様でも織り手さんによって違います。
もしも、あなたがどこかで買ったこのティナラク織のサイフも、レイクセブで作られたものかもしれないと考えたとしたら、
それは、 そうかもしれません。マニラやセブなどから、土産物屋とつながっている中間業者が来て、繊維代にしかならないほど安く買い叩いていきます。 一生懸命織っても安いお金にしかならないので、適当に織る人が増えてきてしまった…という状況を変えたいと思ってこの活動をしています。
私は、織り手とそれに関わる人に、本当にいいものを織ったらそれに見合う金額が手に入ること、いいものを残すと次に繋がるということを伝えています。
カフティーの会
・
http://kafti.michikusa.jp/.html
|
|
|
|
 |
 |
女性たちの生きていく知恵を伝え合うために、世代を超えてつながろう、という目的で、さまざまな分野で活動していらっしゃる女性たちのインタビュー記事です。 定期的にアップしていきます。その方に関連するリンクもついています。

 |
|
 |
 |
|
 |