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インタビュー
大橋由香子さん

 本や雑誌など、出版関係の仕事をずっとしてきましたが、勤務先や雇用形態は、かなり変転していて、いまはフリーランスです。
 大学を出て仕事を探すとき悩んだのは、お金を得ることと、自分がやりたいことの兼ね合いで、 なんとなく二つの道があるような気がしていました。
 第一のコースは、割り切って金を稼げる仕事につき、やりたいこと・好きなことは「アフター5」にやる路線。 第二のコースは、収入は少なく不安定でも、好きなことと重なる部分が多い仕事につく路線。 公務員試験も受けて迷ったあげく、結局は第二のコースを選んだことになるのかな。 (今から思えば「アフター5」という言葉は午後5時に仕事が終わる正社員が存在しえた、優雅な時代の言葉ですね)

 最初の就職先は「日本読書新聞」という週刊の書評新聞でした。 いわゆる「反体制的」な雰囲気の新聞で、事務や経理部門には女性がいましたが、編集部は男だけの世界。 原稿を依頼する執筆者も圧倒的に男性で、自分が担当するページだけでも、なるべく女性執筆者を入れたい、 内容的にも女の視点を入れ込みたいと思って、新人なりにがんばってました。
 いろんな著者に会えるし、週に1回は出張校正で小さな印刷所に出かけて、活版印刷の職人さんたちの技を間近に見ることができたし、 日々新鮮でおもしろかった。出張校正のあとのカンパイは楽しかったなあ。 けれど、編集部に女がひとり、あるいはその新聞が扱う「文化」の「男っぽさ」への居心地の悪さはありましたね。

 就職した1982年の初夏に、優生保護法から経済的理由の削除(=人工妊娠中絶の禁止に近い)を要求する自民党議員の動きがありました。 新聞記事でそれに反対する女性グループの集会をみつけて、たしか八丁堀の勤労福祉会館に出かけていきました。 そこで女の運動をやっている女たちに出会えたのがラッキーでした。
 日々の暮らしや職場で、違和感や、納得できないモヤモヤがいっぱいあるけれど、女たちの空間にいると、 それが晴れていくというか発散されるんです。
 そういう空間や人間関係(女つながり)は、学生時代に細々やっていた読書会とか、ほかにもいくつかありますが、 「82優生保護法改悪阻止連絡会」は、現在までずっと続いている「ウサ晴らしの場」です。(*今は「SOSHIREN女(わたし)のからだから」に名前変更→http://www.soshiren.org)
 その後、最初の就職先がつぶれて職安で失業保険をもらい、転職した月刊誌も雲行きが怪しくなってきた。 フリーランスで仕事をしていく道もあるけれど、正社員になるなら20代のうちだ! 今度はつぶれそうにない会社を選ぶぞ!  所得倍増だ! と意気込んで新聞広告の求人欄をチェックしては履歴書を送っていました。
 

 仕事をめぐる悩みと併行して、いろいろなことがあって、子どもがいる生活もいいなあ、と思うようにもなっていました。 そんなこんなで錯綜しているうちに、倍増には程遠いものの、それまでよりは安定した会社に転職、そしたら、なんと妊娠が発覚! あまりに絶妙なタイミングだったので、産むことにしました。
 しかし、まだ入社して日が浅い! 産休をとって職場復帰できるのか? 同棲していた相手との婚姻届はどうする?  生まれてからは想像以上にハードなオッパイとオムツの日々・・・・・・。 くわしくは『ニンプ・サンプ・ハハハの日々』(社会評論社)をお読みください。
 結局、産休をとって職場復帰して、しばらくして第二子も産むことにして、それを機にフリーランスになりました。 といっても、ほとんどはその会社から仕事をもらい、一時は嘱託社員になったりもしたので、なんとかやってこられたんですね。

 お金を稼ぐ仕事は「働く」と見なされるけど、家事や育児だけをしていると「働いてない」と見なされる不思議、 女にとって「賃金を稼ぐ」ことの意味などについて、それまで編集者として出会ってきた方たちに書いてもらったのが 『働く/働かない/フェミニズム』(青弓社)です。
 そして、子育ての日々の焦燥感について、青海恵子さんとお互いの思いや考えをやりとりしてきた往復書簡集が、最近、一冊にまとまりました。 (『記憶のキャッチボール』インパクト出版会)。なんだか、どんどん宣伝モードになってきましたが、いいですか?

 人と人の縁を感じながら、いろんな仕事をしました。名前が出る本の仕事はごく稀なことで、 七五三の振袖宣伝チラシ、幼児英会話教室の取材、乳業メーカーが病院に配る出産パンフレット、自治体のHPデータ、ビジネスマナーの実用書・・・・・・。 「この道ひとすじ」じっくりより、「あれもこれも」色々やるのが好きな私には、ある意味で合っていたかもしれません。
 でも多くの仕事は、もとのクライアントがプロダクションに出して、そこからまた外注に出されるわけですから、条件としてはかなり劣悪。でも、断れば次の仕事はこなくなる。「ライターなんて100円ライターと同じ、使い捨てなんだろうな」と思わされる場面にたくさん遭遇しました。
 そんななかでも、「女つながり」で不満やウサを
晴らし、仕事上での助け合いもしてきました。
 最初の就職で悩んだ「二つの道」は、今となって
は何本にもなってグチャグチャの迷路状態ですが、
女たちはもちろん、男もふくめて、人と人との縁、
つながりって、ありがたいな、おもしろいなぁ〜
とつくづく感じる今日この頃です。


    ◇参考◇
  • <著書>
  • 「ニンプ・サンプ・ハハハの日々」(社会評論社、1995年)
    「からだの気持ちをきいてみようー女子高生のための性とからだの本」
      (ユック舎、2001年)
    「キャリア出産という選択ー35歳からの妊娠・出産を応援する」
     (双葉社、2002年)
    「同時通訳者 鳥飼玖美子」(理論社、2002年)
    「生命科学者 中村桂子」(理論社、2004年)

  • <共著>
  • 「記憶のキャッチボールー子育て・子育て・介助・仕事をめぐって」
     (青海恵子と共著、インパクト出版会、2008年)

  • <編著>
  • 「働く/働かない/フェミニズムー家族労働と賃労働の呪縛」
     (小倉利丸と共編、青弓社、1991年)

  • <論文>
  • 「産む産まないは女(わたし)が決める」
     (『講座女性学3 女は世界を変える』 女性学研究会編/勁草書房、1986年、
       のちに『日本のフェミニズム5 母性』岩波書店、1995年 一部収録)

  • <参考サイト>
  • ・SOSHIREN女(わたし)のからだから 
      http://www.soshiren.org
    ・クロスロード(出版・編集・WEB企画制作集団)
      http://www.team-crossroad.com/

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