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インタビュー
高木 澄子さん
 私が働き始めた60年代後半〜70年代は「男は仕事、女は家庭」という性別役割分担の社会通念は強く、公務員職場でも、経歴や資格に関わらず女の一般事務は、補助的業務とされ、それを理由に女性の賃金差別もまかり通っていました。私はそれを改善したいと、職場の労働組合で役員をした際、団体交渉で人事当局に要求渉をしました。すると労組の男性役員たちが圧力をかけてきました。苦しくて、必死で外の世界を求め「行動する女たちの会」と出会いました。

 行動する会は従来の男社会へのアンチテーゼから代表を置かず、平場の関係を大切にし、教育、政治、労働、離婚など問題毎に分科会を作り、学生、社会人、主婦など世代を越えたや多様な女たちが主体的に取り組んでいました。教育分科会では男女の混合名簿や家庭科の男女共修の実現に役割を果たし、また、自治体や国の議員になり政策決定の場に参加する女たちも次々生じました。

 私は労働分科会。日本経済の中枢であった経団連ビル内の鉄鋼連盟で働く女性たちの相談から始まり、7人が原告となった「オフィス・リブ」の仕事・賃金労働裁判の支援は8年続きました。また労働分科会では、男女とも人間らしい労働と生活のための真の「男女雇用平等法」案を作成し提案していましたが、日本政府は、「男女雇用機会均等法」を成立させました。正規、非正規という違う雇用形態での均等待遇は保障されず、危惧していたように、その後女性は圧倒的に非正規雇用が増え、男女の賃金格差は拡大しました。

 1995年、行動する会が社会に問題提起したことは会員の個々人がそれぞれの場で実践しており会として一定の役割は果たしたのではないかと閉会しました。

 今は当時の仲間やその後出会った仲間たちと相変わらず女性問題に関わり、その連帯は日本を超えています。その中で出会う若い女性たちに世代を超えて響き合うものを感じると、うれしくなります。

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  • 「国際婦人年をきっかけとして行動を起こす女たちの会」 1975年発足。60年代に始まったウーマンリブ運動に共感し、具体的な行動を通して性差別社会を変えようという女性たちが集まった。家庭や職場、メディア、学校等、自分に関わる社会すべてに対して様々な働きかけを試みた。1996年閉会。

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  • 「行動する女たちが拓いた道ーメキシコからニューヨークへ」
    行動する会記録集編集委員会編(1999年 未来社 2,800円+税
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